「“食べる”を、あきらめない。」
この言葉に、どれほどの重みがあるか、私たちは本当に理解しているでしょうか。
高齢になっても、病を抱えていても、「最後まで口から食べたい」という思いは、単なる栄養摂取を超えた“生きる力”そのものです。
こんにちは、かわべクリニック院長の川邉正和です。こんな食への想いをカタチにするために立ち上がったのが「たべさぽ」です。きっかけは、5月のまちカフェ@東大阪プロジェクトで出会った訪問歯科衛生士・清水えつなさんが、「世界中の誤嚥性肺炎ゼロ」という志を同じくする言語聴覚士・水野さんと共に、在宅や施設の現場に希望の光を灯そうと挑戦を始めたもの。
そんな食事にかける情熱を、5月24日(土)、デイサービスゆめふる長田での「たべさぽ事業報告会」で共有させていただきました。
なぜ食べられないのか。
なぜ食べたいのか。
なぜ食べることを、あきらめるのか。
1つひとつの「なぜ?」に真摯に向き合い、知識と対話、そして価値観に寄り添いながら、私たちは「食べること」と「安全」をどう両立させていけるのか——。
この報告会は、そんな問いへのヒントに満ちていました。私たちの開業当初からの想いとともにご覧いただけると嬉しいです。
「“食べる”をあきらめない 〜在宅チームで支える 誤嚥性肺炎ゼロの挑戦〜」
「たべさぽ」主催の事業報告会にて、私が講演を行いました。私自身がクリニックを開業して以来感じてきた、「医療だけでは人は豊かに生ききれない」という実感を振り返るところから始まりました。

つづいて多職種連携の必要性、地域に根ざしたケアの重要性、そして「東大阪プロジェクト」立ち上げの背景とその取り組みについても紹介しました。
誤嚥性肺炎のメカニズムと恐さ
まず、誤嚥性肺炎について基本的な知識の整理からスタートです。
誤嚥性肺炎とは、口の中が汚れていることで、細菌を含んだ唾液が誤って気管に入り、そのまま肺に侵入して炎症を引き起こす感染症です。
次のような症状がある方は要注意です:
- 食事中によくむせる
- 食後に声がかすれる
- 痰がからむ
- 食事に時間がかかる
食堂などで高齢の方の食事風景を観察してみると、多くの方が食事中や食後に咳払いをしています。すでに軽度の誤嚥が起きている可能性があるのです。
誤嚥性肺炎の深刻な現状
高齢者の肺炎の多くは誤嚥性で、70歳以上の肺炎のうち70%以上が該当します。
- 2021年の死亡者数:約49,489人(1日あたり136人)
- 30日以内の死亡率:10〜20%
- 1年以内の死亡率:40〜50%
- 再発率:約50%
特に誤嚥性肺炎で入院した患者さんの退院後1年生存率が約50%というのは注目すべき事実です。一度でも誤嚥性肺炎を発症すると、平均余命は著しく短縮されることが分かっています。
例えば、90歳以上の方の場合、平均余命が4〜6年だとすると、誤嚥性肺炎罹患後の生存期間中央値は126日。罹患によるダメージの大きさを物語っています。
退院時の状態が予後を左右する
退院時の栄養摂取手段によって、その後の生存期間に明確な差が生じます。
- 点滴のみで退院:約1ヶ月
- 経管栄養で退院:約9ヶ月
- 経口摂取で退院:約1年8ヶ月
この数字は単なる統計ではなく、「どう退院するか」がその人の今後の人生を大きく左右することを物語っています。
そして逆に言えば、誤嚥性肺炎が起こるということは、人生の最終段階が迫っているサインとして、私たち支援者が真摯に受け止め、備えるべき出来事なのです。
現場のリアルな声に耳を傾ける
医療現場では、こんな声がよく聞かれます:
医療者の声
- 「また肺炎を起こしたら命に関わる。安全な方法を選んでほしい」
「できれば口から食べさせてあげたい。でも、それでまた肺炎になったら…」
「本人や家族の意思を尊重したいけれど、リスクと倫理の狭間で揺れる」
ご家族の声
- 「少しでもいいから、好きなものを食べさせてあげたい」
「誤嚥するなら、食べないほうがいいのでは…?」
「医師によって説明や方針が違い、誰の言うことを信じればいいのかわからない」
これらの声は、誤嚥性肺炎をめぐる現場の複雑な思いを表しています。


オーダーメイドケアの実現に向けて
何より大切なのは、患者さん一人ひとりの”オーダー”を丁寧に聴き、確かめることです。それは単なる希望を聞く作業ではなく、その方の人生観や価値観を深く理解するプロセスでもあります。
ここで重要となるのが、ALP(アドバンス・ライフ・プランニング)という考え方です。
よく知られているACP(アドバンス・ケア・プランニング)は、「病気を発症した後に、どのような医療やケアを受けたいか」を考えるプロセスです。
しかし、私たちが提唱するのはそのもっと前段階。つまりまだ元気なうちに、
- 「自分の人生観や死生観をもとに、何を大切にしたいのか」
- 「どのような人生を歩んでいきたいのか」
こうしたことを見つめ直すことが、ALPの意義です。
価値観は、人生の時期や状況によって変化するもの。だからこそ、健康なうちに自分の大切にしたいことを言語化し、家族や周囲と共有しておくことが大切です。
本当に大切なこと
選択肢を提示し、ACP的視点で支援すること。
「”食べられること”と”安全性”のバランス」を、私たち支援者が一方的に決めるのではなく──
ご本人やご家族の”価値観”に寄り添いながら、どの程度の誤嚥リスクを許容するのか、一緒に”考え・選び・納得する”プロセスが大切です。
それが、私たちがめざす”その人らしさ”に根ざした支援=オーダーメイドケアへの第一歩です。
「”食べる”は”生きる”」
食べることは、その人の**「らしさ」そのものの象徴**です。
医師だけでは実現できません。皆さん一人ひとりの”専門性”が、ケアの鍵になります。
だからこそ──チーム全体で、「あきらめないケア」を。
医師だけでなく、歯科医師、看護師、介護職、家族、地域が一体となって支え合う「チーム全体のケア」でこそ、誤嚥性肺炎ゼロの未来は開かれていくと信じています。
“食べる”をあきらめない、その挑戦は、今日ここにいる私たち一人ひとりから始まります。この取り組みが、誰かにとっての「口から食べる喜び」を支える一歩となれば幸いです。
なぜ私たちが取り組むのか
2015年にかわべクリニックを開業して、すぐ気づいたことがありました。それは「医療だけでは、患者さんは豊かに生ききれない」という現実。
だからこそ、医療・介護・福祉といった枠を超えて、すべての職種が本当につながる“真の多職種連携”が必要なのだと、痛感しました。
「おもてなし」は医療の枠を超えて、地域全体に広がっていくものなのです。
在宅医療の実践の中で、私たちはさらなる気づきを得ました。
医療・介護・福祉だけでは、「本当の地域包括ケア」は実現できない。
地域の中で、まだ「顔の見える関係」が十分に築かれていない現実がありました。
そして何より、多くの方が在宅医療について十分に理解していない、という大きな課題にも直面しました。
たとえば──
「自宅で最期まで過ごすのは無理ですよね……」=諦め
「もっと早く先生たちに出会えていたら……」=感謝と後悔
そのたびに胸を締めつけられる思いだった私たちは決意しました。
この“東大阪”を地域全体で変えなければならない。
「医療さえあればいい」という考え方では、“真のケア”には辿り着けない。
そんな想いを胸にして、2018年「東大阪プロジェクト」を立ち上げました。
このプロジェクトは、医療や介護の専門職だけでなく、地域で暮らす患者さんやそのご家族が、最期まで穏やかに“生ききる”ために、さまざまな職種が手を取り合い、「真の地域包括ケア」の実現を目指す取り組みです。
私たち東大阪プロジェクトの使命は、医療を、地域の日常の中に“自然に”溶け込ませることです。
そのために、私たちは地域に根ざした多彩で実践的な取り組みを積み重ねてきました。
このプロジェクトの中心にある問いは——「人生の最期を、どう迎えるのか?」
誰もが避けられないこの現実に、しっかりと向き合いながら、
「どこで生きたいのか」「どこで最期を迎えたいのか」
その問いに、地域の中で“共に考え”、共に“答え”を見つけていける——
そんな「場所」と「機会」を、私たちは一つひとつ創ってきました。
そしてこれからもどうぞよろしくお願いいたします!
次回・まちカフェ(第24回)の参加者募集中
弁護士による安心トーク&懇親会
知って安心!もしもの時に役立つ法律の知恵〜交通事故と男女トラブルへの備え〜
次回のまちカフェは、6月7日(土)18時30分から、ゆめふる長田にて。皆さんの参加をお待ちしています!
✨ 参加を申し込む ✨暮らしを支える皆さま(医療・介護・福祉に限らず)が集うトークカフェイベントです。
懇親会もあり、意見交換、お悩み相談、名刺交換など自由にお話しいただけます。
話題提供:
弁護士法人かがりび綜合法律事務所 弁護士 野条 健人さん
日時:令和7年6月7日(土)18:30~20:00
場所:デイサービスゆめふる長田
東大阪市長田東1-2-34(コインパーキングあり・有料)大阪メトロ・近鉄けいはんな線「長田」駅徒歩1分
定員:40名程度
対象:どなたさまでも(職種は問いません)
会費:1000円(コーヒー+スパイスカレー(ミニサイズ))
・バターチキンカレー(カームスペース・週末のみ営業の名店)